大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成8年(ネ)260号 判決

控訴人(原告)

株式会社日住

右代表者代表取締役

揚山次郎

右訴訟代理人弁護士

保科善重

被控訴人(被告)

有限会社多摩川ゴルフ

右代表者代表取締役

須釜健之

右訴訟代理人弁護士

井口英一

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、控訴人に対し、三二〇万円及びこれに対する平成七年二月四日から支払い済みまで年五分の割合による金額を支払え。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

4  仮執行宣言。

二  被控訴人

主文と同旨

第二  当事者の主張等

一  事案の概要

1  本件は、控訴人が、被控訴人から開発中のゴルフ場の正会員の地位を買い受けたところ、開発会社の倒産によりゴルフ場の開設が不可能となったとして、右売買契約(本件ゴルフ会員権売買契約)を解除し、被控訴人に対し、支払い済みの売買代金三二〇万円の返還を求めた事案である。

また、控訴人は、予備的に、控訴人が本件ゴルフ場会員権売買契約を締結したのは被控訴人の不法行為によるものであり、支払った売買代金相当額の損害を受けたとして、右同額の三二〇万円の賠償を求めた。

2  原判決は、控訴人の請求は理由がないと判断し、これを棄却した。

二  控訴人の主張

1  本件ゴルフ会員権売買契約の解除に基づく代金返還請求について

(1) 控訴人は、昭和六一年一二月二五日、被控訴人から株式会社野澤観光(以下「野澤観光」という)が将来開設するゴルフ場「大月中央カントリークラブ」(以下「本件ゴルフ場」という)の正会員の地位を代金三二〇万円で買い受け、同日、被控訴人に対し右売買代金を支払った。

(2) ところが、野澤観光は、平成二年末ころ倒産し、本件ゴルフ場の開設は不可能となった。

(3) 被控訴人は、本件ゴルフ会員権売買契約により、控訴人に対し、野澤観光が本件ゴルフ場を開設し、控訴人がプレイする権利を行使することができるようにする債務を負ったが、野澤観光の倒産により、右債務の履行は不可能となった。

なお、右の点に関し、被控訴人は、本件ゴルフ会員権売買契約の締結に際して、「本件ゴルフ場は大丈夫完成しますよ。」と控訴人に対し述べ、本件ゴルフ場が開設されない場合の責任を保証した。

(4) そうでないとしても、被控訴人は、本件ゴルフ会員権売買契約により、控訴人に対し、据置期間経過後控訴人が退会する際に預託金返還請求権を行使することができるように所定の手続をする債務を負ったところ、本件ゴルフ場は建設中であり、本件ゴルフ会員権売買はいわゆる念書売買であったため、被控訴人は会員権の名義を控訴人名義に書き換える手続を完了させることができないでいるうちに、野澤観光の倒産によりこの名義変更手続をすることが不可能となった。

このような本件ゴルフ会員権売買において、結局のところゴルフ場が開設されるに至らなかった場合には権利の売買における売主の瑕疵担保責任の法理が適用又は準用されるべきであり、本件ゴルフ場会員権売買契約は民法五六〇条にいう「他人の権利の売買」に当たるとみることができる。

したがって、控訴人は、民法五六一条に基づき、右の権利移転不能が被控訴人の責めに帰すべき事由によるものであるか否かにかかわらず、本件ゴルフ場会員権売買契約を解除することができる。

(5) 控訴人は、被控訴人に対し、平成七年二月三日に送達された本件訴状により、本件ゴルフ会員権売買契約を解除する旨の意思表示をした。

(6) そこで、控訴人は、被控訴人に対し、本件ゴルフ会員権売買契約の解除による原状回復請求権に基づき代金三二〇万円の返還とこれに対する被控訴人が受領した後の平成七年二月四日から支払い済みまで民法が定める年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

2  予備的請求――不法行為による損害賠償請求――について

(1) 故意

被控訴人は、本件ゴルフ会員権売買契約当時、本件ゴルフ場の建設予定地の近隣地主の強い反対があり、ゴルフ場用地の取得のめどが立たないなど、本件ゴルフ場の開設が不可能な状況にあることをよく知っていたにもかかわらず、契約の締結に際して、控訴人にこのことを隠して告げなかった。

この被控訴人の行為は、詐欺にほかならず、控訴人に支払い済みの売買代金相当額の損害を与えた。

(2) 過失

仮にそうでないとしても、被控訴人は、ゴルフ会員権を販売する業者として、本件ゴルフ場の開発計画の進捗状況を調査し、その内容を本件ゴルフ会員権の買い受け希望者である控訴人に告げる義務があるところ、この調査を行えば本件ゴルフ場の開設が不可能な状況にあることが容易に判明したにもかかわらず、右調査を怠った過失により、控訴人に本件ゴルフ会員権売買契約を締結させ、支払い済みの売買代金相当額の損害を与えた。

(3) そこで、控訴人は、被控訴人に対し、不法行為による損害賠償として支払い済みの売買代金相当額の三二〇万円とこれに対する不法行為の後の平成七年二月四日から支払い済みまで民法が定める年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

三  被控訴人の主張

1  本件ゴルフ会員権売買契約の解除に基づく代金返還請求について

(1) 控訴人の主張1(1)について

本件ゴルフ会員権売買契約を締結したことは、認める。

(2) 控訴人の主張1(2)について

野澤観光が平成二年末ころ倒産し、本件ゴルフ場の開設が不可能となったことは、知らない。

(3) 控訴人の主張1(3)について

被控訴人が、本件ゴルフ会員権売買契約の締結に際して、控訴人に対し、「本件ゴルフ場は大丈夫完成しますよ。」と述べるなど、野澤観光が本件ゴルフ場を開設し、控訴人がプレイする権利を行使することができることを保証したことはない。

(4) 控訴人の主張1(4)について

控訴人は、本件ゴルフ会員権売買契約について瑕疵担保責任の存在を主張するが、もともと、開設されていないゴルフ場の会員権の売買は開設されない危険をも包含するものであるから、控訴人の主張は、前提そのものに誤りがある。

2  不法行為による損害賠償請求について

控訴人主張の故意や過失は、否認する。

被控訴人は、野澤観光が「大月中央カントリークラブ」として開発計画を承継する前の「猿橋カントリー倶楽部」の会員権の募集代行を行ったことはあるが、本件ゴルフ場の会員権の募集代行はしておらず、その建設計画の進捗状況についての認識は、一般の人と同じ程度のものでしかなかった。

したがって、被控訴人は、本件ゴルフ会員権売買契約当時、本件ゴルフ場の開設が不可能な状況にあったかどうかなど知る由もなかった。

四  争点

1(1)  被控訴人が、本件ゴルフ会員権売買契約により、控訴人に対し、野澤観光が本件ゴルフ場を開設して、控訴人がプレイする権利を行使することができるようにする債務を負ったかどうか。

(2) これに関連して、被控訴人が、控訴人に対し、本件ゴルフ会員権売買契約の締結に際して、特に、本件ゴルフ場が開設されない場合の責任を保証する旨約束したかどうか。

2  また、本件ゴルフ会員権売買契約は民法五六〇条にいう「他人の権利の売買」に当たり、控訴人は、民法五六一条に基づき、本件ゴルフ場会員権売買契約を解除することができるかどうか。

3  本件ゴルフ会員権売買契約の締結に関連して、控訴人が主張するような被控訴人の不法行為があったかどうか。

第三  当裁判所の判断

一  本件の基礎的な事実関係について

1  本件ゴルフ会員権売買契約の締結(控訴人の主張1(1)の事実)については、当事者間に争いがない。

2  証拠(甲一、二、四、五、九、一〇号証、当審証人穂苅通則の証言)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(1) 本件ゴルフ場の開設事業は、もともと、株式会杜猿橋カントリー倶楽部(以下「猿橋カントリー」という)がゴルフ場「猿橋カントリー倶楽部」の開設を計画し、用地買収等の作業を進めていたところ、昭和六〇年末ころ、猿橋カントリーが事実上倒産したため、野澤観光が右ゴルフ場の開発権を取得し、事業を承継して、本件ゴルフ場(大月中央カントリークラブ)として開設しようとしたものであった。

(2) 本件ゴルフ会員権売買契約は、形式的には、猿橋カントリーが昭和六〇年七月八日付けで発行した額面二五〇万円の「猿橋カントリー倶楽部預り金証券」の売買であった。

(3) 本件ゴルフ会員権売買契約締結の際、売主の被控訴人は、①猿橋カントリーの代表取締役(ただし、実際には清算人。)富田昭作成名義で控訴人宛ての「猿橋カントリー倶楽部の会員は、現在進行中の野澤観光が経営する大月中央カントリークラブが会員としてそのまま承継することを確認し、名義変更手続の一切を自分の責任において行う。」との趣旨が記載された昭和六一年一二月一七日付けの「念書」と題する書面と、②控訴人作成名義の「控訴人が譲り受けた猿橋カントリー倶楽部会員証については、野澤観光が大月中央カントリークラブとして新規募集の際、控訴人名義に変更することを承認願いたい。」との趣旨が記載され、その下方に、野澤観光作成名義の「上記の件を承認する。」との趣旨が記載された昭和六一年一二月一七日付けの「覚書」と題する書面とを用意して、控訴人に対し、右預り金証券とともに、これらの書面を手渡した。

(4) 平成二年三月ころ、常総観光株式会社が野澤観光の経営権を取得し、同年四月、同社から派遣された穂苅通則が代表取締役に就任して、本件ゴルフ場の開設事業を進めていたが、平成五年ころ、地元の山梨県の方針によりゴルフ場の建設計画が凍結されたこと等から、野澤観光は本件ゴルフ場の開設を断念するに至った。

二  争点についての判断

1  争点1について

(1)  前記一1及び2(1)、(2)のとおり、本件ゴルフ会員権売買は、未開設のゴルフ場の会員権の売買であり、それは、ゴルフ場が開設した後にゴルフ場会社と会員との間に発生する包括的な債権契約上の地位としてのゴルフ会員権の売買であるから、事柄の性質上、当該ゴルフ場が開設されないという危険をも包含し、これを負担している地位の売買である。

したがって、特段の事情のない限り、本件ゴルフ会員権売買契約の締結によって、ゴルフ場会社でもない被控訴人が、譲受人である控訴人に対し、野澤観光か本件ゴルフ場を開設して、控訴人がプレイする権利を行使することができるようにする債務を負ったものと解することはできない。

(2)  これに関連して、控訴人は、被控訴人が、控訴人に対し、本件ゴルフ会員権売買契約の締結に際して、「本件ゴルフ場は大丈夫完成しますよ。」と述べ、特に、本件ゴルフ場が開設されない場合の責任を保証する旨約束したと主張する。

なるほど、証拠(原審における控訴人代表者の供述)及び弁論の全趣旨によれば、被控訴人代表者は、本件ゴルフ会員権売買契約の締結に際しての控訴人代表者との一連の会話のなかで、控訴人代表者に対して、「本件ゴルフ場は大丈夫完成しますよ。」との趣旨の話をしたことがうかがわれる。

しかしながら、証拠(原審における控訴人代表者、被控訴人代表者の各供述)及び弁論の全趣旨によれば、①もともと、本件ゴルフ会員権の売買の話は、控訴人代表者が、その知人で八王子信用金庫に勤めていた平野良一から持ち掛けられて、同人が間に入って進められたものであること、②控訴人代表者は、平野良一から、本件ゴルフ会員権売買が「猿橋カントリー倶楽部預り金証券」の売買という形をとるものであるが、この猿橋カントリーが昭和六〇年末ころ事実上倒産したため、野澤観光が右ゴルフ場の開発権を取得し、現在、野澤観光が本件ゴルフ場開設の事業を進めている段階にあること等の説明を受けたこと、③控訴人代表者は、平野良一から「一回倒産したゴルフ場だけど、引き継いだところがしっかりしているから、大丈夫ゴルフコースができるよ。」との趣旨の話を聞いたこと、④控訴人代表者は、右のような平野良一の話から本件ゴルフ会員権を購入することを決めたこと、⑤控訴人代表者は、それまでにも未開設のゴルフ会員権を購入したことが相当回数あること、⑥本件ゴルフ会員権売買契約を締結する日までには、被控訴人代表者と平野良一との間で売買代金等の打合せがなされていたほか必要書類も既に調っており、契約締結の日は、専ら売買代金と前記一2(2)、(3)の預り金証券や書類の授受のために、控訴人代表者が、平野良一とともに被控訴人の店舗に赴いたもので、この日に被控訴人代表者と初めて顔を合わせたこと、⑦右店舗での契約締結の際の控訴人代表者と被控訴人代表者とのやり取りも、雑談を含めて三〇分程度のもので終わったこと、が認められる。

これらの事情を総合して考慮すると、とりわけ、控訴人代表者は、本件ゴルフ会員権売買契約を締結する日までには既に、平野良一の話を基に未開設の本件ゴルフ場の会員権を購入することを決めており、売買代金等の打合せがなされていたほか必要書類も調えられていたのであって、被控訴人代表者から本件ゴルフ場が開設されなかった場合には被控訴人が責任を負う旨の保証を取り付けることが、契約を締結するについての重要な契機となっていたというような状況にあったわけではないこと、被控訴人代表者の「本件ゴルフ場は大丈夫完成しますよ。」との趣旨の話も、売買代金や預り金証券等を受け渡す過程の雑談を含めて僅か三〇分程度のやり取りで出た話に過ぎないことからすると、被控訴人代表者が控訴人代表者に対し、「本件ゴルフ場は大丈夫完成しますよ。」との趣旨の話をしたのは、単に未開設のゴルフ場の会員権の売主として将来のゴルフ場開場の見通しを述べたに止まるものと認めるのが相当であって、控訴人主張のように、被控訴人が本件ゴルフ場が開設されなかった場合の責任を保証する趣旨で、右のような話をしたものと認めることはできない。

(3)  他に、被控訴人が、本件ゴルフ会員権売買契約の締結によって控訴人主張の債務を負ったものと解するに足りる特段の事情を認めることはできない。

2  争点2について

控訴人は、本件ゴルフ場会員権売買契約は民法五六〇条にいう「他人の権利の売買」に当たるとみることができると主張する。

しかし、本件ゴルフ会員権の売買は、ゴルフ場が開設した後にゴルフ場会社と会員との間に発生する包括的な債権契約上の地位としてのゴルフ会員権の売買であり、控訴人は、権利者である被控訴人から本件ゴルフ会員権を譲り受けているのであるから、右の契約が民法五六〇条にいう「他人の権利の売買」であるということはできない。

なるほど、本件ゴルフ会員権売買はいわゆる念書売買であるから、この売買契約に伴って、売主である被控訴人は、買主である控訴人が会員権の名義を自己名義に書き換える手続をとることができるように協力する義務を負うと解すべきであるが、本件においては、右の義務は前記一2(3)の「念書」と「覚書」の交付によって一応履行済みというべきである上、控訴人が会員権の名義を自己名義に書き換える手続をとることができなくなったのは、本件ゴルフ会員権が売主である被控訴人以外の他人に属していたからではなく、本件ゴルフ場が開設に至らなかったからなのであるから、これについて民法五六一条の規定を類推適用する余地はない。

したがって、控訴人の右主張は失当である。

3  争点3について

控訴人の不法行為による損害賠償請求が認められるためには、本件ゴルフ会員権売買契約が締結された昭和六一年一二月当時、既に本件ゴルフ場の開設は不可能な状況にあったことが前提となる。

たしかに、証拠(甲一一号証、当審証人穂苅通則の証言)及び弁論の全趣旨によれば、昭和六一年一二月当時においても、本件ゴルフ場の建設については、予定地の近隣住民の一部に強い反対があったこと、用地の買収も十分には進んでいなかったこと等から困難な状況にあったことが認められるが、前記一2(1)、(4)に認定のとおり、当時は、未だ野澤観光が猿橋カントリーから本件ゴルフ場開発事業を承継して間もない時期であり、その後も、平成二年三月ころ、常総観光株式会社が野澤観光の経営権を取得して、なお本件ゴルフ場の建設事業を進めようとしていたところであるから、本件ゴルフ会員権売買契約が締結された昭和六一年一二月当時、既に本件ゴルフ場の開設は不可能な状況にあったものと認めることはできない。

したがって、その余の点について判断するまでもなく、控訴人の不法行為による損害賠償請求は理由がない。

第四  結論

以上のとおりであるから、控訴人の本訴請求は理由がないからこれを棄却すべきである。

したがって、原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官塩崎勤 裁判官瀬戸正義 裁判官川勝隆之)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例